諡号(しごう)
し 諡号(しごう)
生前の行いを尊び死後に贈られる称号、おくりな。
【広辞苑 第五版】
し 蛇蝎(じゃかつ)
蛇はへびであり、蝎は木の中に住みてなおかつ木を食う虫であることから、みにくくけがれ、よこしまなる心をいう。散善義至誠心釈に現実凡夫の心情を批判して、奸詐蛇蝎等といい、正像末和讃には
蛇蝎奸詐のこころにて 自力修善はかなうまじ
如来の回向をたのまでは 無慚無愧にてはてぞせん
等とある。
【『真宗辞典』法蔵館 昭和10年発行 監修 河野法雲 雲山龍珠】
か蝎(かつ)
A①(名)キクイムシ科の甲虫。キクイムシ。B①(名)サソリ目の節足動物の総称。さそり。(通)蠍(カツ)蛇蝎(ダカツ)
【おおきな活字の全訳漢辞海 三省堂】
か 奸詐
いつわり。悪だくみ。
【広辞苑 岩波書店 新村出編】
◆蛇蝎奸詐のこころにて - みにくくけがれ、よこしまな、いつわり、悪だくみのこころだから
自力修善はかなうまじ - 自力で善をおこなうことなどかなわない
如来の回向をたのまでは - 如来の回向の南無阿弥陀仏をたのまないなら
無慚無愧にてはてぞせん - 無慚無愧にて果てる
意訳のご希望があれば喜んでいたします。↓コメントをください。
また深信する者、仰ぎ願わくは、一切行者等、一心にただ仏語を信じて身命を顧みず、決定して行に依って、仏の捨てたまうをばすなわち捨て、仏の行ぜしめたまうをばすなわち行ず。仏の去てしめたまう処をばすなわち去つ。これを「仏教に随順し、仏意に随順す」と名づく。これを「仏願に随順す」と名づく。これを「真の仏弟子」と名づく。
『教行信証・真巻』真宗聖典216
「真仏弟子」と言うは、「真」の言は偽に対し、仮に対するなり。「弟子」とは釈迦・諸仏の弟子なり、金剛心の行人なり。この信・行に由って、必ず大涅槃を超証すべきがゆえに、「真仏弟子」と曰う。
『教行信証・真巻』真宗聖典245
この245から251まで真仏弟子について書かれる。
「偽」と言うは、すなわち六十二見、九十五種の邪道これなり。
『涅槃経』(如来性品)に言わく、世尊常に説きたまわく、「一切の外は九十五種を学びて、みな悪道に趣く」と。已上
(法事讃)光明師の云わく、九十五種みな世を汚す、ただ仏の一道、独り清閑なり、と。已上
『教行信証・真巻』真宗聖典251
「ただ仏の一道、」念仏も神道も新興宗教も、ということではない。
先生は言った、「真仏弟子」の続きで悲嘆、ここが一番大切なのだ。
誠に知りぬ。悲しきかな、愚禿鸞、愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑して、定聚の数に入ることを喜ばず、真証の証に近づくことを快しまざることを、恥ずべし、傷むべし、と。
『教行信証・真巻』真宗聖典251(前文に続く)
「ここが一番大切、」を握り続けてきた。今も問う。
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