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四月二十一日京都にて(「日本の心」小泉八雲・講談社学術文庫)


資料

四月二十一日京都にて

 日本全国の宗教的建築の中でも最も壮大な例といえる二つの建物が最近完成した。これで寺の町京都には、古都一千年の歴史を振り返っても恐らく右に出るもののない建造物が二つ新たに加わったのである。その一つは政府が贈ったもの、もう一つは庶民の力によるものである。

 政府が造営したのは大極殿といい、京都を都に定めた第五十一代(ママ)桓武天皇の大祭りを記念して建てられた。(中略)

 一方、庶民が京都の都に贈ったのは、さらに壮大な建物、すなわち真宗の荘厳な寺である東本願寺である。完成までに十七年の歳月と八百万ドルの費用を費やしたと述べれば、西洋の読者にもその威容がいくらか想像できるのではなかろうか。単に面積のみを比較するなら、これほど費用のかからない日本の建物にももっと広いものがある。だが、日本の寺院建築に通じた人であれば、高さ百二十七フィート、奥行き百九十二フィート、間口二百フィート以上もある寺を建てるのがどんなに難しいか、容易に理解できる。

(中略)

落慶式を見るために十万人を越す農民が集まった。彼らが大勢で広大な中庭に敷き詰められた筵(むしろ)に座って待っているのを私は午後三時頃に見たが、そこはまるで人の海であった。しかも、式の始まる午後七時まで、この大群衆は影一つない日なたで飲食物も口にせずにひたすら待つのである。庭の一角に見慣れぬ白い帽子と白い服をつけた二十人ほどの若い女性の一団が見えたので、あの人達は、と私は訊ねてみた。するとそばにいたひとが教えてくれた。「これだけたくさんの人が何時間もここで待つわけですから中には病人も出るでしょう。それで、具合の悪くなった人を介抱するために看護婦がああして待機しているのです。担架もそれを運ぶ人手の用意もありますし、お医者さんも大勢控えておられますよ」

 人々の信仰心と忍耐力は大したものだと私は感服した。もっとも農民たちがこの立派な寺に愛着を感じるのも当然で、これは直接的にも間接的にも彼らの力で建てられた建物である。建設のための実際の労働の少なからぬ部分が無償の奉仕によって行われたし、屋根に使う巨大な梁を遠い山の斜面から京都まで引いて来るのには、信徒の女性達の髪をより合わせた太い綱が用いられた。今も寺に保存されているその綱の一本を見ると、長さが三百六十フィート以上、直径がほぼ三十インチもある。

 (中略)日本人がこれから入っていかねばならない、さらに広く厳しい世界での試練に備えて日本人の大きな助けとなるであろう。

(「日本の心」小泉八雲・講談社学術文庫)

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